スマホニュースサイトと著作権,また改竄の可能性について

今朝,以下のような記事をたまたま目にした。

 

ビル・ゲイツといえばマイクロソフト社の創始者で,世界有数の億万長者である。その億万長者が,自分の子どもを億万長者にはしないというのである。とても目を引くタイトルだ。ざっくり内容をいうとタイトル以上のことはないのだが,記事の冒頭にあり,また文中でも”TED”と書かれている通り,この記事はTEDの翻訳である。


子供を億万長者にはしない、全財産の95%は寄付--世界一の億万長者、ビル・ゲイツ氏のお金の使い方 | ログミー[o_O]

 

私はここで一つの疑問を感じた。

 

ビル・ゲイツがこのようなことをTEDで言うだろうか?」

 

  • 記事と元動画の違い

TEDとは,”テクノロジー、エンターテインメント、デザインが一体となって未来を形作るという考えに由来”*1し,1984年にアメリカではじまったもので,特に自分のアイディアを発表してみんなに聞いてもらい,社会貢献したいといった人たちが登壇している。今では世界各地でTEDが行われており,TEDxTohokuも開催されている。つまり,「TEDで発表するアイディアにしては低俗であからさますぎる」と思った。

  

そこで,元の動画をみてみた。


ビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツ: 富を贈ることが最高の喜び | Talk Video | TED.com

だいぶ印象が違う。

記事は25分の動画のうち,後半10分程度を抜粋して要約しているので,まるで寄付のことしか話していないように思えるが,その背景についての部分がばっさり記事ではなくなっている。

 

  • 翻訳者が誤解を招きかねない表現にしてしまう事例

ここで,以下のニュースを思い出した。


南京虐殺否定を無断加筆 ベストセラーの翻訳者 - 47NEWS(よんななニュース)

 ニューヨーク・タイムズ紙の元東京支局長が、ベストセラーの自著「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」(祥伝社新書)で、日本軍による「『南京大虐殺』はなかった」と主張した部分は、著者に無断で翻訳者が書き加えていたことが8日明らかになった。

このニュースは,翻訳者が勝手に書き加えたことで話題になったが,後に否定されており*2,翻訳者が誤解を招きかねない表現にしてしまった,というところで著者の見解が発表されている。

 

記事も動画とではかなり印象が違い,誤解を招きかねない内容で,話の主旨が変わってしまっているように思う。改竄といえるほどではないが,元動画を見なければ少なくとも私は,ビル&メリンダ・ゲイツ財団の宣伝としか思えず,また金持ちは違うなーといった感想しか抱かない。

 

翻訳されたものには,こういった翻訳者の編集の仕方によってまったく印象が変わってしまうものがあるのだ,ということを知らずに記事を読んでいる人がいるのではないだろうか。

なぜこのような記事にしたのか,推測ではあるが,目の引くタイトルを記事につければクリックされる確率は高くなり,動画を簡単に翻訳したものを内容としてアップすれば取材の手間もなく,アクセス数が稼げる。そのための記事なのだろう。

 

  • 翻訳と著作権者に許諾をとる必要性

ところで,当然のことながら動画は英語で話が進められており,日本語字幕が付けられている。これは,ボランティアによって翻訳されたものだ*3

 

つまり,動画の翻訳はTED公認の有志によって成り立っている。

 

著作物*4の翻訳には,著作者の許諾が必要である。なぜならば,著作物には翻訳権があり,翻訳権は著作者が持っている。翻訳権とは,著作物を翻訳する権利である。つまり,著作物の翻訳は著作者の許諾なしには行えず,許諾なしに行った場合には著作権の侵害にあたる*5

 

記事がTEDの許諾をとっているかはわからない。元動画の表示があり,また動画の一部を翻訳しているので,引用の範囲のように思える。しかし,著作権法上の引用とは,”自分の著作物に引用の目的上正当な範囲内で他人の著作物を引用して利用する”*6ことであって,記事のうち一部*7が動画の翻訳で成り立っている場合には引用の範囲と考えることができる。文化庁のウェブサイトでも以下のとおり規定されている。

 

文化庁 | 著作権 | 著作権制度に関する情報 | 著作権制度の解説資料 | 著作権制度の概要 | 著作物が自由に使える場合

(注5)引用における注意事項
 他人の著作物を自分の著作物の中に取り込む場合,すなわち引用を行う場合,一般的には,以下の事項に注意しなければなりません。
(1)他人の著作物を引用する必然性があること。
(2)かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されていること。
(3)自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること(自分の著作物が主体)。
(4)出所の明示がなされていること。(第48条)
(参照:最判昭和55年3月28日 「パロディー事件」)

したがって,記事のうち全部が動画の翻訳である場合には,記事自体が動画の翻訳であるので引用にはあたらず,記事がTEDに許諾を得ていない場合には,著作権の侵害に当たるといえる。

 

  • 海外のものには著作権法は適用されないのか

では元動画は海外のウェブサイトが発信しているのだから,日本の著作権法は適用されないのだろうか。と考えてみたが,当然のことながら海外のものの場合にも適用される。

外国の著作物の保護は? | 著作権って何? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC

著作物は、国境を越えて利用されるため、世界各国は、条約を結んで、お互いに著作物や実演・レコード・放送などを保護し合っています。このような国際的な保護は、著作権は「ベルヌ条約」と「万国著作権条約」、著作隣接権は「実演家等保護条約」と「レコード保護条約」などによって行われています。我が国はいずれの条約にも加入しており、世界の大半の国と保護関係があります。

以上をまとめて考えてみると,海外の記事を自分で翻訳して引用する分には問題がない。ただし, あくまで引用の範囲を超えず,自分の記事の一部が翻訳部分であれば翻訳記事を掲載できる,と考えることができる。

 

最近,SNSがよく利用されるようになり,またスマホニュースサイトが台頭してきた。いわゆる,キュレーションサービス*8が,かつての新聞やテレビの役割を果たしている。

具体的には,新しいサイトとしてはNAVERまとめ,LINEニュース,2chまとめサイト,古いサイトとしてはGoogleニュースや新聞社がスマホニュースサイトを運営しているサービスがみられる。

新しいサイトの傾向としては,出典があいまいなものや許諾関係がきちんとしていないサイトが散見され,またSNSとの親和性が高い。古いサイトの傾向としては,新聞社が運営しているサイトが多く見られるため,出典は明らかで文責も明記されており,SNSとの親和性は新しいサイトと比較してあまり高くない。

SNSとの親和性が高い例としては,ツイッターで当該の記事が言及された際には,そのツイートが記事の下部に表示される。またスマホアプリの導入をした後に講読が可能で,そのスマホアプリ内での意見交換が可能といったところである。

しかし,スマホニュースサイトでは,表示画面がスマートフォンの範囲に限られるため興味を引きやすいタイトルや要約記事が目立つ。

たとえばLINEニュースでは”3分で話題やニュースがわかる*9"というキャッチフレーズで長文を読むことなくホットトピックを把握できるよう工夫されている。

このようなニュースサイトの場合,わかりやすさ,興味の持ちやすさ,どれだけ話題になっているか,がポイントといえる。

それが今回の記事のような,話題性のある記事の掲載に至った経緯なのではないかと考えた。

 

海外の著作物については,海外のニュースが無断で日本語に翻訳されニュースサイトに掲載されたり,日本の同人誌が無断で外国語に翻訳されしかも無料でネット配信されたり,文芸書や学術書の翻訳が全く金にならないために出版社が出版をあきらめているといった自体も起きているらしい。またこれは別の機会に言及したい。

 

私も海外の報告書を翻訳してサイトに掲載しようとしていたことがあるので,著作権関係には気をつけたい。

 

参考記事:

著作権なるほど質問箱/文化庁

海外サイトを活用する前に、知っておきたい翻訳権の話

著作権法と翻訳:重要な情報 - Bookworm Translations

無断翻訳と著作権法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常