学術情報基盤とディスカバリサービス

学術情報基盤とディスカバリサービス

 

1.近年の学術情報基盤の状況

 学術情報基盤とは,“学術研究全般を支えるコンピュータ,ネットワーク,学術図書資料等”*1のことであり,研究者が相互の研究資源や成果の共有,一般社会への発信や啓発,効率的な研究活動に資するものである.

 

大学図書館は,平成22年の科学技術・学術審議会分科会 研究環境基盤部会 学術情報基盤作業部会「大学図書館の整備について(審議のまとめ)―変革する大学に合って求められる大学図書館像―」でも,その役割が規定されている.この報告書では,“大学における学生の学習や大学が行う高等教育及び学術研究活動全般を支える重要な学術情報基盤の役割を有しており,大学の教育研究にとって不可欠な中核を成し,総合的な機能を担う機関”とされており,学術情報基盤を考える上では,大学図書館が重要な役割を担っているといえる.つまり,学術情報基盤を考えるときには,大学図書館の置かれている状況を考える必要があると言える.

 

土屋によると,日本の大学は,国を支える専門家の養成,産業を支える人材の育成,大学の大衆化,高等教育への意識と需要の乖離,フリーライダー批判という変遷を経た.その後,大学改革により1990年代に大学の教育と研究の改革が提起され,実行された.しかし,大学図書館はそれに対応できなかった歴史を持っている.大学図書館は,90年代において急激な電子化の進歩に人材的,設備的,技術的に対応する必要に迫られ,そのために大学改革に対応できなかった*2

 

電子化の進歩としては,主に資料形態と流通方法の変化が挙げられる.資料(主に新聞・雑誌)が紙媒体からCD-ROMに代わったことで,資料の電子化が進み,それを読み取るための設備が整えられた.そして従来の目録に代わりOPACが台頭し,業務の効率化が図られた.さらに,CD-ROMの資料はオンラインデータベースによる電子ジャーナルへと変わり,学術雑誌の価格高騰(シリアルズクライシス)が顕著にみられるようになってくる.

 

大学図書館は,所蔵している雑誌資料を相互で複写依頼や現物貸出することで,蔵書を補い合う協力関係を築いていた.学術雑誌の価格高騰(シリアルズクライシス)により,よりいっそう図書館間貸借(ILL)の依頼数が増えることが予想されたが,海外の学術雑誌の多くは電子ジャーナルへ移行し,ILLで依頼数が増えているのは国内の学術雑誌である*3.つまり,印刷体資料のものがILLで流通し,電子ジャーナルの多くはウェブで流通していると考えられる.

 

特に,近年ではシリアルズクライシスへの反発から,オープンアクセス運動が高まり,学術情報への自由なアクセスが訴えられている.著者や閲覧者が費用を負担することなく学術情報へアクセスできる状態の論文を,オープンアクセスという.オープンアクセスする方法は,オープンアクセスジャーナルへ投稿する方法(ゴールドオープンアクセス)と,機関リポジトリ等にセルフアーカイブする方法(グリーンオープンアクセス)がある.機関リポジトリとは,大学自身による学術情報基盤の整備として,研究者が自身の論文を大学のウェブサイト等で公開することで,学術情報への自由なアクセスを促進しようという動きである.

 

このように,情報技術の進歩だけでなく,学術情報の流通事情とともに,大学図書館の提供する資料の形態も変化してきた.ここ10年だけを考えると学術雑誌が印刷体資料から電子ジャーナルへ変化したことが,大きな流れだと言える.一方で,提供する資料の形態だけでなく,「場」としての大学図書館も変化している.大学図書館の利用は“図書館に出向かずに図書館を利用する傾向“*4にある.資料の形態と流通の変化を考えてみても,それは十分に納得できる.学術雑誌の電子化や新聞のデータベース化によって,サーチエンジンで検索すれば,ほぼ数秒で知りたいことがわかる時代であるが,すべての資料が電子化されたとしても,人の出向く図書館という施設そのものはなくならないのではないかと考える.図書館サービスがウェブ上で提供可能となった現在では,ラーニングコモンズのような「場」としての大学図書館の動きが盛んである.

 

印刷体資料と電子媒体の両方を提供するハイブリッド図書館*5を提唱する動きがあったが,電子ジャーナルが大学図書館で提供されることが一般的になった現在では,あまり活発ではない.大学の図書館サービスは,ILLの申し込みやデータベースへのアクセスもほとんどがウェブ上で受けることができる.利便性と流通性だけを考えれば,すべてが電子化された電子図書館は,学術情報において一つの目指す形なのかもしれない.

 

印刷体資料の時には,大学図書館は資料の収集,整理,保存をする基本的機能を行なっていたが,電子ジャーナルが主流となりつつある現在では,コンテンツとなる電子ジャーナルはサービスを提供するプロバイダ側にあるため,大学図書館は資料を持たず,保存することはできない.そのため,大学図書館は,資料の収集の代わりにコンテンツプロバイダ(出版社等)と契約をし,整理の代わりにデータベース等を検索しやすくする必要がある.資料は書架だけでなく,ウェブ上にある現在では,ウェブ上で書架のブラウジングを実現する必要がある,それがディスカバリサービスと言えるのではないかと考える.

 

2.国内と海外のディスカバリサービスの比較

 ディスカバリサービスとは,簡単にいえば“電子ジャーナルやデータベースを一括して検索できるシステム”*6と言える.また,具体的には“その導入機関の内外から集めたメタデータやフルテキストをもとに事前に作成した統合インデクスを単一の検索ボックスから検索できるようにしたサービス”*7である.つまり,システムでありサービスであると言える.

 

アメリカ情報標準化機構(NISO)のOpen Discovery Initiative(ODI)が,2013年1月に「ODI Survey Report: Reflections and Perspectives on Discovery Services」を公表した*8.この調査は,ディスカバリサービスの現状を把握するため,図書館,コンテンツプロバイダ,開発ベンダーを対象に実施したアンケート調査(回答数871)の結果をまとめたものである.この調査によると,74%の図書館ではディスカバリサービスが導入されており,残りの26%うち17%は1~2年以内には導入予定であることが明らかになった.また,2007年にはアメリカ,カリフォルニア州の公共図書館等の34館がWorldCatLocal(OCLC)を導入した*9

 

他方,日本のディスカバリサービスの状況は,数えられる程度にしか導入が進んでいない.筆者がカレントアウェアネス・ポータルと開発ベンダーのウェブページを参照した結果,以下の大学で導入されていることがわかった.以下は大学名,ディスカバリサービス名,()内は開発ベンダー名の順に結果を示している.

 

立命館大学大阪大学福井大学はEBSCO Discovery Service(EBSCO),九州大学,福岡大学,金沢大学,熊本大学はeXtensible Catalog(ロチェスター大学),共立女子大学・短期大学,東邦大学,お茶の水女子大学,佛教大学はSummon(Serials Solutions),慶応義塾大学はPrimo(Ex Libris),筑波大学はLIMEDIO(リコー)を導入していることがわかった.そして,神戸大学はPrimo Central(Ex Libris)をひとつのデータベースとして扱っている.

 

日本の大学図書館においてディスカバリサービスの導入が進まない原因としては,日本の開発ベンダーがディスカバリサービスを提供していないことが挙げられる.筑波大学が既存の海外の開発ベンダーのディスカバリサービスを採用しなかった理由として“日本言語化の問題や業務システムとの連携,また業界の事情”*10等を上げており,言語の問題が大きいことがわかる.しかし,リコーが筑波大学と協力して開発したLIMEDIOが他大学で導入されているかというと,その傾向はみられないため,他にも原因があると考えられる.オープンソースのディスカバリサービスであるeXtensible Catalogもあることから,資金的な問題で導入できないといったことは考えにくい.

 

日本の学術情報基盤の状況として,大学図書館は急激な電子化の進歩に対応することに手一杯で,シリアルズクライシスへの反発として機関リポジトリによって大学自身によるオープンアクセスを進めて来た背景がある.しかし,まだ日本では機関リポジトリが充分に理解されているとはいえず,また,現在はウェブベースとなってきた図書館サービスに,大学図書館がまだ追いついていないと言える.大学図書館の学術情報基盤としての役割の重要性が認知されておらず,そのために技術的な問題に対応するための人材が充分に確保できないのではないかと推察される.

 

日米のディスカバリサービスの導入の仕方の違いとして,一つのデータベースとして扱うか自館用OPACとして扱うかがある.ディスカバリサービスの特徴としては,クライアントである大学の電子ジャーナルやデータベース等の契約状況に合わせて,カスタマイズできることが挙げられる.そのため,神戸大学のようにディスカバリサービスをデータベースの一つとして扱う大学や,その他の大学のようにディスカバリサービスを基にしたOPACとして自館用にカスタマイズを行い採用する大学がある.アメリカの大学では,ディスカバリサービスとして採用するのが一般的であるように見受けられる*11

 

ODIの報告書ではコンテンツプロバイダと開発ベンダーを別回答者として集計を行なっているが,OCLCは総合目録データベースWorldCatとディスカバリサービスWorldCatLocalの2つをサービスとして提供しており,OCLCはコンテンツプロバイダであり開発ベンダーでもある.また,SummonでWorldCatのレコードが検索可能となるといったことから,開発ベンダー同士が提携し,協力関係にある場合があることがわかる.

 

どの開発ベンダーが提供しているディスカバリサービスを採用するか,また,複数の電子ジャーナルをまとめて検索できる検索システムとして採用するか,自館のOPACに組み込むかは大学図書館の方針次第であるといえる.

 

3.次期Tulipsはどうあるべきか

 筑波大学の導入したTulipsは,日本の開発ベンダーであるリコーと共同開発したものであり,他に見られないディスカバリサービスであることが言える.しかし,海外の開発ベンダーのディスカバリサービスとは違い,コンテンツプロバイダとの契約がほとんどないものである.そのため,他の大学が導入しようと思ってもカスタマイズする部分が大きく,技術的な職員が充分にいない大学図書館にとっては,メリットがあるようには思えない.

 

Tulipsは,ディスカバリサービスの機能として「私の本棚」や「RefWorks」といった機能を取り入れているのにもかかわらず,その使いにくさは致命的であるといえる.図書館情報学を学ぶことのできる大学が,開発ベンダーと共同開発したものでさえ使いやすいとは言えないことを鑑みると,他の大学が導入しない理由も理解できる.日本のディスカバリサービスを牽引するものとして,次期Tulipsに期待をしたい.

 

*1:文部科学省. “I.学術情報基盤としてのコンピュータ及びネットワークの今後の整備の在り方について”.  学術情報基盤の今後の在り方について(報告). 2006-03-23. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/06041015/002.htm.(参照:2013-06-27)

*2:土屋俊. “第2章現代日本の大学改革と大学図書館”. 変わりゆく大学図書館. 勁草書房, 2006

*3:小山 憲司. 学術雑誌の電子化とそれに伴う変化 NACSIS-ILLログデータ(1994-2007)を用いた文献複写需給の分析を中心に. 情報管理. 2010, Vol. 53, No. 2, 102-112.

*4: 前掲3)と同様

*5:前掲3)と同様

*6:宇陀則彦. “ディスカバリサービスに関する少し長いつぶやき”. 情報学基礎研究会報告, 情報処理学会, 108(3), 1-4.

*7: “E1266 - ディスカバリサービスの様々な関係者の権利と義務を整理する”, カレントアウェアネス・ポータル. 2012-02-23. http://current.ndl.go.jp/e1266.(参照:2013-06-27)

*8: “E1393 - ディスカバリサービスへのデータ提供で関係者が抱える課題”. カレントアウェアネス・ポータル. 2013-02-07. http://current.ndl.go.jp/e1393.(参照:2013-06-27)

*9:“公共図書館でも“WorldCat Local”導入”. カレントアウェアネス・ポータル. 2007-08-31. http://current.ndl.go.jp/node/6383.(参照:2013-06-27)

*10: 宇陀則彦. “11電子図書館マネジメント”. 電子図書館マネジメント. 2012. http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/pub/choken/2012/19.pdf.(参照:2013-06-27)

*11: “4種類のディスカバリインタフェース製品の導入館レビュー(米国)”. カレントアウェアネス・ポータル. 2011-12-14, http://current.ndl.go.jp/node/19733(参照:2013-06-27)